9月、読書の秋
こんにちは小木曽です。
夏は汗をダラダラ流しながら読書してましたが、夏の暑さも少しずつ減り、『暑さ寒さも彼岸まで』がよく分かる季節になりました。
読書をするにはもってこいの季節、最近はこんな本を読みました。
『現代人の祈り: 呪いと祝い』です。
タイトルだけ見ると何だかスピリチュアルな本のように感じますが、内容は異業種の方の対談本になります。
著者には釈徹宗さん、内田樹さん、名越康文さんの三人が現代において呪いとはなにか?祝いとはなんだ?について、宗教、哲学、医学の立場から、あれこれ話している様を聞き耳立てて聞いているような本になっております。
読んでいて知ったのですが、『呪い』の反対は『祝い』なんですね。
しかも『祝い』は良いことがあるのではなくて、悪いことがないことが『祝い』なんです。
もう一つ、良い言葉を知りました。
仏教の『三大布施』である『財施』『法施』『無畏施』です。
人間は生きていると色んなものに影響を受け、色んなものを身に着け、色んなものを守るようになります。
すると溜め込みすぎた何かによって、自分自身が悪い影響を受けてしまうので、上手に外へ放出しないといけないよねって話です。
財施はその名の通り財産をいつでも誰かのために分け与えたり、捨てられる覚悟を持って生きる事です。法施は良いこと(誰かが言った「これはためになる」と思った教えや情報)を見聞きして、場合によっては知らない人に教え伝えていくことです。そして、3つ目の無畏施(むいせ)です。これは人に畏れ(おそれ)を与えないこと、人が不安になっていたら寄り添い励まし癒やすことです。僕はこの無畏施にとても共感を覚えました。
昨今、あおり運転やクレーマー、パワハラ、家庭内暴力、いじめの問題、など人に畏れを与えてしまう生き方をする人が目立つようになってきました。世の中が便利になって、便利になりすぎてしまって、単純化されたルールや便利さのスピードが蔓延してきたため、お互いに考え思いやるような、時間をかけて解決する方法が取れない人が増えて来たように思います。人間関係はとても複雑で繊細で、なかなか答えが出ない面倒なものなのに、自分だけの正しさや方法論を強要して解決しようとする人が増えてます。正しさの強要は時として相手に畏れを抱かせます、それでは強要した人は瞬間的に満足しても全体の解決にはなりません。まずは世の中の『面倒なものは、面倒なんだ』を認識してともに生きられるように努力していきたいものですね。
他にも最近のJ−POPの歌詞がなぜ力を失ってしまったか、インターネットの匿名性の弊害とか気になる内容が満載でした。
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